普段行かない西区方面へ その2

(昨日の続き)
まだパンも買ってないし。だけどこの辺りのパン屋よく知らないしなあ。
すると、妻が円頓寺へ行きたいというので、そちらへ向かうことにする。彼女が幼少の頃、平日だけ預けられていた祖母の家のあたりがどうなったか確認したいのだと。

小田井が西区の北の果てなら、円頓寺は西区の南の果て。直ちに南下を開始する。
途中、枇杷島のあたりを通ったのだが、このあたりも彼女が某企業でバスケの選手をやっていた若かりし頃、寮生活を送った土地。ついでに久々にぐるっと廻ってみることにする。
彼女がこの辺りで生活していたのはおよそ20年程前の話で、その企業は既にこの辺りから撤退してしまっているのだが、1Fが銭湯になっている寮の建物そのものはいまだ存在している。
非常に旧い街並で、木造の平屋建ての家が細い道沿いに建ち並ぶ。店もコンビニなどはほとんど見当たらず、昔ながらの洋品店や電気屋がぽつんぽつんと散在するが、いまやほとんどの店は軒を閉ざしたままのようだ。
実は、僕もこのあたりには浅からぬ縁があって、今から10年ちょっと前に集中的に訪れていた時期があり、非常に懐かしい土地であるのだが、ホント時が止まったような街並みだなあという印象は変わらない。
それまで西区という地域にほとんど足を踏み入れたことがなかったのだが、僕が育ってきた名古屋東部との雰囲気のあまりの差に、愕然とした覚えがある。
どちらかというとこちらの方が、地の名古屋に近いのだろうなあ、と思っている。

枇杷島から押切の裏を通る、なかなか風情のある旧美濃路を通って、浅間町の北へ抜け、江川線をそのまま南に向かえば、円頓寺はすぐそこ。
実はその前の日に放映された『ぐっさん家』で、丁度この円頓寺商店街が取り上げられていた様子。僕は見ていなかったのだが、家族は見ていたようで、子供も「あ」などと声を上げている。

100円パーキングに車を止めて、東の方からこの長いアーケード街をぶらぶら歩くことにする。
年に一度の大イベント「円頓寺七夕まつり」を間近に控え、商店街は飾り付け準備の真っ最中。アーケードからは既に何体もの張りぼてキャラクターがぶら下げられており、娘達も大喜びである。
しかしながら、この商店街には何度か訪れているが、寂れている感は相変わらず。目玉となる店もほとんどなく、ただ古いアーケード商店街というだけなので人が集まることもないだろう。
今から30年ぐらい前の大須もこんな風に寂れかけていたと記憶するが、見事に復活した。円頓寺に再生の機はあるのだろうか。

江川線を渡って西側のアーケードをしばらく進むと、数少ない「目玉となる店」のひとつ『肉の丸小』がある。
注文するとその場で揚げてくれる1個63円のコロッケが人気の店である。何度か買ったことがあるが、小振りながら男爵芋の味が前面に出ており、ラードでカリっと揚がっていて確かに美味い。
今日も持ち帰り分と、その場で食べる分を購入。娘達と紙に包んでもらったコロッケをカリカリほおばりながらさらにアーケードを進む。

しばらく行くと四間道にぶち当たり、アーケードは終了。久々に五条橋あたりの堀川沿いの土蔵群を眺め、Uターン。
妻の暮らしていた祖母の家はどうも西側にあるみたい。再び江川線を渡って、近辺をウロウロ廻るもピンとこない様子。目印となる建物もなくなっていて、記憶もハッキリしない。
おそらく、というあたりに目星をつけて、また次回と車に戻る。
この那古野から名駅3にかけてのあたりは、妻の父の供養寺もあり、その関係で娘達が稚児行列に参加したこともある。
目の前が名駅という都心でありながら、昔の名残が残る風情ある街並みである。

結局まだパンを買っていない。時間がなくなってきたので、家に戻る途中、『シャンポール@千代田1』で久々に購入。ここは食パン高いんだよね。

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