傑作。
読んでる間至福なのは、先日の『双生児』同様。
なんの予備知識もなく読み進むのが、吉。
ああ、そうなって、えー、そうくるか、おお、あれがこうで、うーん、参った、となること請け合い。
オチがどうとかよりも、読んでる最中があーでもないこーでもないと一番楽しめる。
ただ、原題のglamourが「魔法」という言葉では伝えきれていないのが残念。
といっても「魅力」とかいうタイトルにして済むわけでもないし、難しいところだよなあ。
本のコト 一覧

今月は読む予定だったものも含めてほとんど本が読めていないなあ。
2冊ほどここに書こうと思ってそのままになってるのはあるのだけども、今日やっと今回の芥川賞受賞作を読んだので先に記しておこう。
単行本ではなく、「文藝春秋」9月号に一挙掲載された分を読んだ。
そーいえば「文藝春秋」は初めて買ったなあ。ずっとオッサンの雑誌だと思っておった。まあ、十分オッサンになってるわけだが。
一方で「週刊文春」は随分若い頃から読んでたけども。
で、『アサッテの人』。
うーん、もうちょっと面白いかと期待したのだけど。
先入観に比して、随分浮ついた感じのないどちらかといえば平板な話でもあるし。
やろうとしてることつまり書いてある中身自体はなかなか興味深いし面白いとも思うのだけど、外装がもうひとつというか。退屈さをもっと昇華させて欲しいというか。
うむむ。
『エスペラント―異端の言語』田中 克彦 〈岩波新書〉
エスペラント語を小学生の時に囓ったことがある。
と、書くとえらく生意気そうであるが、囓ったも囓った、ほんの玄関から靴を脱いで上がり込んだぐらいのところまでである。
というのも、小学校5,6年の時のもっとも仲の良かった友人がエスペラント語を突如習得し始めたからであった。
彼自身はどうも祖父の影響を受けていたようであったが、着々と学習を続け、中日新聞の市民版に掲載されるほどのエスペランティストとなった。
その初期段階で、僕も大学書林の『基礎エスペラント』を購入して、おそらく最初の方だけ共に学んだかと思う。
頭脳明晰であった彼は、吸収力が速く、他の語学にも手を出した。結構マイナーな言語に興味を示していたように思う。
大学書林の他の言語学習書をいくつか記憶しているので、僕もそれに対抗してどこかの言語(たぶんドイツ語)を学ぼうとして早速挫折したのだろう。
英語すらまだきちんと学ぶ以前の話であるから、当然だ。
以後、語学に興味は示すが、習得は不得手というのが、僕の基本属性となっている。
それはともかく、本書。
エスペラント語の語法自体の解説はごくわずかで、解説書のたぐいではない。
小学生の時は意識すらしていなかったが、その後知ることとなったエスペラントの思想的背景、また思想界や宗教に与えた影響を説きつつ、人工言語と自然言語の対比から、言語というものを改めて見つめなおさせてくれる。
「美しい日本語」などというスローガンを無意識に唱えることの野暮さ加減、無頓着さに関して目を開かせてもらった。
まさに「言語にとって美とは何か」ということを再考するきっかけになるかも。
屠所の羊
ペリー・メイスン物で有名なE.S.ガードナーの別名義でのシリーズ《クール&ラム》物の第1作。
ガードナーは少年時代に好きで何冊か読んだが、こっちのシリーズは初めて。
随分長い間積ん読本となっていたが、速読練習用としてたまたま手に取ってみた。
やっぱ、速く読もうとすると理解度が落ちるね。こんなにリーダビリティが高い作品でも。
というわけで、途中から普通に読む。
いや、なかなかよく出来た作品で、飛ばし読みは失礼だった。
勝手に強面オバサンと軟弱ニイチャンのコンビを想像していたのだけど、ちょっと違うみたいね。
少なくともラム君は、メイスン張りに頭が切れてかなりの行動派である。
これならまたシリーズの別の作品を読んでみてもいいな。
コンピュータ・コネクション (1980年)
うぬぬぬぬ。
これまで何度か挫折した作品である。どうにも読めない。
『ゴーレム100』出版記念として、ずいぶん久しぶりに引っ張り出してなんとか読み通してみたものの、こうして1エントリーにするのもためらわれる読解状態。
どうしてこんなに読めないのか。
状況がまったくイメージ出来なくて、ひどい所は、誰がどこで何をしゃべっているのかすらまったくわからないまま、文字を追うのみ。
情けない話だが、記録として有り体に記しておこう。
それでも、ラスト近辺はちょっとカッコ良かったかな。
こんなことで、『ゴーレム100』が読めるのだろうか。トホホ。


ふうー。やっと読了。
なんか7月になるとドストエフスキーを読んでるような。
昔から名作ものが苦手で、それでも一度は読んでみようと小学生の頃にジュブナイル版を読みかけて挫折したことはよく覚えている。
確か、殺人の場面ぐらいまでは読んだ筈だが、今回読むとその時の記憶のイメージとまったく違うのだが、あれは本当に『罪と罰』だったのだろうか。
ともかく、それがトラウマとなったかどうか、以後いわゆる《名作》ものに手を出すことなく、少年・青春時代を過ごすことになったのかもしれない。
しかし、最後があんな終わり方とは思わなかったな。
いや別に意外な結末、とかそんなことではないんだけどね。
かなり病的なメランコリックな描写に悪酔いしつつも、いささか退屈な場面の合間に時折登場する白熱した対峙シーンには興奮させられたりもして、まあ、山あり谷ありで読み終えた。
また、来年かな、ドストエフスキー。
『僕たちは歩かない』古川日出男
- 本のコト
- 日本文学
ここのところ読んでいた本。
どうせネタもないし、今度からもう少しこまめに書こうかしら。
『死の棘』島尾敏雄
少し前から読みたいなあ、と思い続けていたのでやっと。
こんな生活や境遇はまったく身に覚えはない筈なのだが、それでもリアルにある種の既視感を伴って僕自身に迫ってくるのは、これが私小説であるからということだけでは説明できない。
もうそこは描かなくてもいいんじゃないかと思うぐらいしつこい程の描写が、重たくもあるがそれこそがこの作品の凄味。

『読書会』山田正紀・恩田陸
両作家とものあまりいい読者では無いはずなんだけど、なぜこの本を読んだかというと、図書館でたまたま手に取ったという理由。
気になる作家なんだけど、読んでみるといまひとつしっくり来ない。でもその膨大な著作群がやはり気になり続けているという、そんな二人なんです、僕にとって。

『痴人の愛』谷崎潤一郎
日本文学のお勉強シリーズ。
学生時代の講義に使われた時は題名からくる先入観からまったく読む気がしなかったことを思い出すが、いまやそんなことはない。
どろどろした話というその先入観はあっさりと裏切られ、軽妙でさえある流れるような筆致に身を委ねて読了。

『乱歩と名古屋』小松史生子
あ、これ別エントリー立てようと思っていたのだけど、まあいいや。思い直せばそんなに書くことがない。
『猟奇の果』を読んだときに馴染みある鶴舞公園近辺が出てきたのを記憶していたが、どうも乱歩作品で名古屋が出てくるのはここだけらしい。
名古屋に縁がある乱歩にして、これはいったいどういうことか、といったところから説き起こしているので、興味を持って読んでみたのだが、その興味を満たすほどの内容ではなかったかな。

『エンパイア・スター』サミュエル・R・ディレイニー
ベスター『ゴーレム100』の予習として『コンピューター・コネクション』を引っ張り出してきて読み始めたのだが、なぜか突然ディレイニーが読みたくなり、結果として先月読んだ『パルムの僧院』の復習とまだもすこし先のはずの『ダルグレン』の予習をしてしまったらしい。
というか、マイベストSFの20年ぶり以上の再読となったわけだが、いまひとつしっくり来なかった。初読のときは感激してしばらく放心状態だったような記憶もあるのだけどなあ。
潜在的に持っていたかもしれないマルチプレックスな見方まで失ってしまったということか。
エンパイア・スター (1980年)サンリオSF文庫
というわけで、『コンピューター・コネクション』と『罪と罰』はじりじりと読み続けています。
さらに読む予定の本が控えているというのに、今日も図書館で6冊借りてきちまった。




