ゲーテ『若きウェルテルの悩み』なんざ読了。
四十過ぎのおっさんが読む本とも思えんが、初読だし。
前半、たるいなあ、きついなあ、と思って読み進めると、後半になって俄然面白くなる。
特にそこで何が起こるというわけでもなく、ある種の予定調和的に話は進んでいくのだが、話の結末として自殺を決意して、実行するまでが異様に長い。
ありとあらゆる準備をし、ふんだんに未練をふりまきながら死に向かっていくのだ。
これで死ぬのかと思っていると、平気で夜が明けたりしている。
おいおい、まだ死なないのかい、と声をかけたくなって来た頃にやっと実行するのであるが、その時点から息をひきとるまでもかなり長い時間が経っているというオチ。オチなのか!?
時代が時代なんでいちいち大げさといえば大げさなのだが、このある意味潔くなさというか身も蓋もなさ加減は新鮮なものを感じるなあ。
ゲーテ『若きウェルテルの悩み』
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このところ図書館で借りてきた中山康樹の集英社新書『クワタを聴け』を読んで刺激されて、サザンを聴き直している。
中山康樹は全曲解説をしてそれぞれに☆印をつけているが、評価が僕とはちょいちょい異なるのだよなあ。まあ、あたり前だけど。
で、それとは関係なくこの『世に万葉の花が咲くなり』を随分久しぶりに通して聴いた。
全体にじめじめっとした印象があって、これまではけして好きなアルバムではなかったのだけど、今聴くといや、悪くないね。
シングルの織り交ぜ具合を含め、アルバムを通した流れが結構心地よい。
そういえば、この時のツアーは見に行ったんだっけなあ。
考えてみれば、永年ファンをやっていて情けないが、サザンのライブは結局この時1度行ったきりだ。
あとはKUWATA BANDと桑田ソロをそれぞれ1回ずつ。
また行ける時が来るかのう。
長女の買物の付き合いで、栄まで家族で出かける。
池田公園近くのコインパーキングに車を停め、まずはオアシス21までテクテク。
折りしもサン・ジョルディの日ということでブックフェアが開催されていた。そういえば昨日のローカルニュースでやっていたなあ。
長女達がショップで品定めをしている間、三女とスタバへ入ったり、ブックフェアを覗いたり、ポケモンショップをひやかしたりで時間をつぶす。
ブックフェアの実態はしょぼい古本市で、うーむこれだったらスーパーで時折開催される古本市とさほど変わらんねえ。

その後、地下街方面へ移動。
結構時間が経過していたので、中日ビル地下のチャオで昼飯。
あんかけスパを食べるのは久しぶりだなあ。
キングサイズを頼むとレギュラーの2人前近くあるので、これを2皿とピザなど取ってシェアすると、意外とお得であった。見回すと結構そんな家族連れも多かったり。
さらに地下街のショップ、ナディア、松坂屋と廻り、いやあ疲れますな。
幼少の頃は自分の母親がデパート好きだったもので、毎日曜のように栄へ出てあちこち廻っていたものだが、近年郊外型スーパーでほとんど用事が済んでしまうもので、滅多に中心部で買物をすることがない。
小雨降る中、駐車場に戻り、途中石川大橋のサポーレに寄りつつ帰途に着く。

『巨船ベラス・レトラス』筒井康隆
筒井康隆の長編を久々に読んだ気がする。
断筆明け復活後は、実はあまり新作を追いきれていない。『邪眼鳥』の後は、『わたしのグランパ』とか『エンガッツィオ司令塔』ぐらいかな。
それまではヌケはあるけど、ずっと追ってきてはいます。
そんなちょっとサボリ気味の愛読者にとっても、ひさびさにニヤリとさせられる作品。
これまでも折に触れ発表されてきた文学的実験をモチーフにしたメタ文学的実験ともいえる系列なわけだが、安心して読める。というのはこの場合褒め言葉にならないのか?
途中、少し退屈する部分もあるが、やはり筆が走った部分、特にクライマックスで唐突に登場するリアル世界の『北宋社』事件のくだりなどツツイ節の真骨頂ともいえ、ファンとしては堪能できた。
とはいえ...、って感じかな。

『アイの物語』山本 弘
日本SFなんて、ここ数年、いや十数年読んでなかったような気がするのだが、つい先日、飛浩隆の『象られた力』をやっと読んで、こりゃ無視していてすまなんだ、という気分になった。
ちょうど図書館の新刊コーナーに入荷したてのピカピカのこの本を見つけたので早速借りてみた。
2006年の日本SFベストの上位に挙げられている作品であるという知識だけはあったが、作者の山本弘については『トンデモ本』の人としてしかこれまで読んでこなかったので、正直、軽い気持ちで読み始めたのだが、これがグイグイ惹き込まれる。
雑誌等に発表されたバラバラの短編に、ふたつの長めの書き下ろし短編を加え、間にブリッジを挟み、最初と最後にエピソードを加えることで、ひとつの大きなテーマをはっきりさせた一冊の連作短編集となっている。
バラバラに連載された最初の5編は、確かにいささか軽いのではあるが、よく練られた話であるし、読んでいて気持ち悪さはあまり感じない。
その後の書き下ろしである老人介護アンドロイドの話「詩音の来た日」と表題作「アイの物語」の2編が実に読み応えがある。
ストレートに書きたい内容が伝わってきて、身も蓋もない、という気がしないでもないが、それが多くの読み手に「感動した」と云わせている所以であろうか。
自分に関して云えば「感動」ということはなかったのだけれど、しっかり造られたストーリーを久々に読んだなあ、と感心した。

『鴨川ホルモー』万城目 学
これも気になっていた本であったが、図書館で見かけたので借りて読んだ。
京都を舞台とした、「ホルモー」という特異な競技を競うサークルを描いた話である。
どれぐらい特異かというと、それは本を読んでのお楽しみ。
ただ骨格自体はストレートな青春小説で、奇怪な衣を取り去ってしまえば、少し食い足りないなあ、といいう感想を持った。
とはいえ、デビュー作ながらしっかりと読ませる力があり、最近、第2作が出たようなので機会があればそれも読んでみようとは思わせられた。
このところ図書館でドカドカ本を借りてきて、結構読破している。
読み飛ばしても惜しくないと思えるところと、期限付というところが読書増進に役立っているような気がする。
以前にも書いたように、これまで一字一句読み飛ばさないことを読書の基本としていたわけで、その考え方を変えることで、ここのところの読書冊数UPが実現できているのは事実だ。
といっても、実際に読み飛ばしている部分は結果としてあまりない、と思う。
気持ちの上で、「読まないよりは飛ばし読みの方がまし」と思うことで、随分と気が楽になったようで、そんなことはとっくの昔に小林信彦の『〈超〉読書法』に書いてあったのを読んだような気もするのだけども、やっと実践できるようになったというわけ。
つまらなくなったら飛ばし読みをする、面白ければ自ずと飛ばし読みなんざできません。
あと、返却期限があることで、読んでしまおうという気分が盛り上がる。
人間弱いもんで、やっぱ締め切りに追われないとダメなのね。
いや、驚いた。
昨日のエントリーで言い間違いなどと断定していたが、ぬめちさんのコメントによると、「いっせーのーれ」も「いっせーのーせ」も「アリ」らしい。
しかも「いっせーのーで」まであると云うが、確かにこれなら聴いたことがある。
多分、「いっせーのーれ」もこれまでに聴いたことぐらいはあるのだろうが、勝手に僕の脳内で「せ」に変換していたのであろう。
検索してみると、やはり地域差があるらしい。
たとえばこことか、こことか。
ちなみにGoogleでひっかかる件数としては今日現在で、
「いっせーのーれ」996件
「いっせーのーせ」1350件
「いっせーのーで」754件
となっており、「せ」が若干有利だ。有利? 何に。
「いっせっせーのせ」というのもあるよね。
これはさすがに「いっせっせーので」「いっせっせーのれ」はないでしょ。
しかし、確かにぬめちさんがおっしゃるように意味的には「で」が一番納得できるような気がするのだけども。その後になにか動作が続くという意味。断定の助動詞「だ」の連用形というところでしょうか。
一方、遊び唄で「せっせっせーのよいよいよい」ちゅうのもあるから、「せ」の場合はそっちとごっちゃになりつつ広まったのかしら。
これはしかるべき所ではちゃんと研究されておる問題なのであろうか。
情報求む。
昨晩から始まった『オリラジ経済白書』を見た。
TBS土曜夜の『ドッカ?ン!』よりひと足早く、オリラジ初のゴールデンレギュラーである。
VTR中心の番組進行で、そつなくまとまっている。
古くは『SHOW by ショーバイ!!』、『Howマッチ』や、今なら『バリバリ☆バリュー』に至るまで、「お金」をネタにした番組は、やはり人を惹き込む力があるね。
ガチガチに固い(ところをウリにした)宮本(元)アナと大竹まことという布陣もよく、オリラジ二人も自然体で、ここにもう一枚加われば、結構おもしろい番組になるんじゃないか。(今、調べたら大竹まことはレギュラーじゃないみたいだが)。
◆
小5になった次女の担任は、今年新卒のピカピカの男性教諭とのこと。
「今日、センセイが『いっせいのれ!』と言って、みんなに笑われていた」と言う。
冗談で言ったのではなく、本当に『れ』だと思い込んでいたとの由。
「え、『れ』じゃないの?」ってショックを受けていたらしい。
いやあ、『いっせいのれ』はないでしょ、『れ』は...、今まで誰も指摘しなかったのかよ、第一意味がわからない、と思いつつ、じゃ『せ』はなんなの? どういう意味なの? と突然わからなくなる四十二歳の春であった。
本日も読書が順調なので、このまま続けます。
このところ平行して読んでるのは、『巨船ベラス・レトラス』筒井康隆、『鴨川ホルモー』万城目学、『ギリシア棺の秘密』エラリー・クイーン、『夕暮れまで』吉行淳之介、『アイの物語』山本弘、『省察』デカルト。
その前に読んでいたのは『乱読すれど乱心せず』安原顕、『スティル・ライフ』池澤夏樹、『ベッドタイムアイズ』山田詠美、『この人の閾』保阪和志、『脳と仮想』茂木健一郎、あたりだったかな。
新潮文庫で出た『脳と仮想』は、あまりおもしろくなかったなあ。たぶんベルグソンとか読んだほうがおもしろいんじゃないだろうか。まだ読んだことないけど。
その他のは、気が向いたらまた感想書きます。
土曜日の午後に、4/1にTBS系で生特番で放映されたが、名古屋CBCでは中日戦のため飛ばされていた「植木等追悼特番」が放映されたので、録画してさっそくその晩に鑑賞した。
司会陣に徳光さんというのはまあともかく、ナベプロ全面バックアップということかヒデ&恵が加わっているというのがどうにも馴染めず。
事務所的には関係も深いのだろうが、ゲストのビビる&松本明子もそうだが、クレイジーキャッツ的には世代として違和感があるよね。
せめて順&マチャアキとかで締めて欲しかった。
番組自体は、いままであまり見たことがない『植木等ショー』の貴重なVを中心に、『全員集合』へのゲスト時の映像とか、いろいろ珍しい映像を見ることができ、まずまず満足。
クレイジーといえば、の『シャボン玉ホリデー』自体は数本しか録画が残っていない筈なので、昔から特番等で見る映像はいつも同じで、これは新鮮だった。
NHK、フジは過去に放映したドキュメントの再放映が追悼番組だったが、テレ朝は『徹子の部屋』、日テレも『波瀾万丈』のゲスト回の再放送で済ますつもりですか。
まあ、絶頂時のVがほとんど残っていない時代の人だから、番組作りにくいだろうけども。
長女と次女の学参を買いに、潮見が丘の正文館に付き合う。
高2の長女は自主的に、小5の次女はしょうがなく、といった感じである。
折しも新学期で正文館の入り口には「参考書まつり」とでかでか看板が掲げられている。
さすが、まつりだけあって常設コーナー以外にも所狭しと小中高の参考書類が並べられている。
自らの学生時代を振り返り、こうして本屋であれでもないこれでもないと参考書や問題集を選ぶ時間はそれなりに楽しかったと思い出す。
勇んで買って帰り、最初の1頁目にすぐにとりかかるものの、その後いっこうに頁を開くことがなくなるのはいつものことであったのも。
妻の誕生日であったため、ついでにお気に入りのル・シエルに寄って、ケーキを買って帰る。
三女が昨日の晩から風邪気味で調子が悪いので、珍しくお出かけはなし。
夕方、ひとりで滝の水近辺の本屋に再び出かけ、MACHOUSEでTシャツも買って戻る。
